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まったく我儘が――。
それでも無言の凶器が僕らを黙らせた。
傷が痛むのかそれとも主人が怖いのか
薄井は軽く唇を噛んで胸元を摩っていた。
だが沈黙は長くは続かなかった。
「去って行く覆面姿の男の後ろに――あの人を見ました」
淡々とした声音で薄井が告白する。
「あの人というのは?」
征司は指揮者が最後の音を締める時みたいに
そっと指先を持ち上げた。
「――九条敬氏です」
「え……?」
導き出された答えに僕は思わず面食らう。
「おそらく、覆面男は九条氏の指示で動いていたのだと」
言葉は磨かれた槍のように
鋭く胸に突き刺さった。
「……嘘だ!」
声を上げ壁際まで後ずさるけれど
「いいえ。間違いなく九条敬氏がその場にいました」
残念ながらそれ以上の逃げ場はなさそうだ。
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