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ふうは素直に頷いたが、慎之介は後ろ髪惹かれる思いで家を後にした。
不安で堪らぬ慎之介は、結局、同役の林に頼みこんで、昼過ぎに帰らせてもらった。林は「その顔は女だろう。安心したぞ」とむしろ喜んで引き受けてくれた。女絡みで仕事を押し付けて同役に嬉しがられるなんて、江戸の町の中でも慎之介くらいのものだろう。
家に帰るや否や、慎之介はふうを呼んだ。しかし返事が無い。
不安に駆られた慎之介は慌てて部屋の中へ乗り込んだ。だが、そこにいたのは……。
「……なんだ」
ふうは日の当たる畳の上で丸くなり、穏やかな寝息を立てていたのだ。
慎之介はほっと肩の力を抜くと、その傍らに腰を下ろした。
「あ……」
「そのままでいい」
気づいたふうが起き上がろうとするのを、慎之介は押しとどめた。
「ゆっくり寝ておけ。俺はもう何処へも行かぬ。そなたと一緒にいる」
「あい……」
ふうは安心したように微笑むと、小さなあくびを一つ漏らし、再び重い瞼を閉じた。
それから日が翳り、ふうが白猫に戻るまで、慎之介はその傍らにずっと座っていた。
翌朝も姉はやってきた。さすがに学習した慎之介も早起きして、ふうを着替えさせておいたが、それくらいで姉の怒りが和らぐ事は無かった。
「まだその娘を置いていたのですか」
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