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「にゃあっ!」
玄関に出ると、猫がいきなり飛びついてきた。雪のように真っ白な体を抱きしめながら、慎之介は戸口に立つ老人を茫然と見つめた。
「そなたは昨日の……」
さすが化け猫。同心の家を訪ねるため、今日は裕福な武家の隠居風に身を変じてきた。
「朝早くに申し訳ないのぉ。ふうがどうしても家に帰りたいと騒ぐものじゃから連れてきてしまった」
服装は違っても、皺だらけの目元だけは変わらない。興奮気味に顔を舐めまわすふうを宥めながら、慎之介は「家とは、どうして……」と呟いた。
「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬが、猫は三日暮らせば家を覚える。ふうの家はいつしか、お前さんのところになっていたのじゃろう」
「なんと……」
「じゃが、素質のある子じゃ。しばらくはその成りでいようが、そのうちまた……」
慎之介の背後に姉の姿を見つけた老猫は、その先の言葉を濁し、代わりに皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑った。
「困ったことがあれば、また訪ねてくれ。儂の可愛い娘の為じゃ、力になろう」
そう言い残し、老いた化け猫はゆっくりとした足取りで帰って行った。その途端、様子を見ていた姉が訝し気に「どなただったのですか?」と尋ねた。
「ふうです!」
姉の問いに答える代わりに慎之介はふうの白い体を頭の上に掲げた。とにかく嬉しくてたまらなかったのだ。
「姉上! ふうが帰ってまいりました。ふうはしかと家を覚えていたのです」
「はい?!」
姉が目を白黒させる前で、慎之介はふうの柔らかな腹に顔を埋めた。
「あぁ、先ほどの話ですが、やはり結構です。ふうがいるので後添えは必要なくなりました」
「な、何を馬鹿な?! 猫の仔が後添えの代わりなど、何を考えているのです」
姉は呆れかえってまた怒り始めたが、すっかり浮かれていた慎之介はそんなもの、これっぽっちも聞いていなかった。
ふうさえいれば満足だし、今後また化ける日がもし来れば、それはもっと嬉しい。
「早く大きくなるのだぞ、ふう。楽しみにしているぞ」
「にゃあお!」
ふうは心得顔で、一鳴きした。
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