4章

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4章

 今日は最初からふうを背負っていった。猫に歩き方を教えるよりも、その方がよほど楽である。  半刻ほど歩き、目的地である新場橋に着くと慎之介はふうをおろした。この辺りは日本橋にもほど近く、人通りは多い。 「どうだ。見覚えがあるだろう」 「……」 「そなたはここにいたのだぞ。橋の袂で鳴いていた。何か思い出さぬか」 「分かりませぬ」 「参ったな。分からぬのでは、家を探せぬぞ」 「お家はあっちだと思います」 「それはたった今歩いてきた方角だ」  この猫娘、本当に手間がかかるな、と慎之介はがっくり肩を落とした。  そこへ真鍮の釜を担いだ甘酒売りの老人が近づいてきた。寒い冬の日、熱い甘酒を1杯数文で売り歩くのだ。老人は皺だらけの顔で、瞳が見えぬほど、瞼が垂れ下がっている。 「旦那、甘酒はいかがですかい」 「いや、いらぬ」 「まぁ、そう言わずに。味見だけでも」  老人は突然ふうの口元に湯呑を押し付け、飲ませてしまった。この者は熱いのが苦手だから、と慎之介が止める間もなかった。 「勝手をするな!」  湯呑を奪い取った慎之介は、その中身が甘酒でない事に気づいた。緑色で腐敗臭のする液体。こんなものを飲ませたのか?!  ふうが膝から崩れた。 「ふうっ!」  手を伸ばしてその体を支えるが、目の焦点が合っていない。 「しっかりしろっ!ふうっ!」  慎之介が悲鳴を上げる中、甘酒売りの老人はいつのまにやら商売道具を担いで歩き去っていた。 「待てっ!」  慎之介は意識を失ったふうを背負い直すと、急いで老人を追いかけた。
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