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だが俺は逃ることができなかった。身動き一つ叶わず、指一本さえ動かすのも覚束い状態だったのだ。焔の蛇を前にして無力に横たわるのみだった。
舐める炎は肌を焼き、髪を焦がすのが分かる。熱さが伝わり、新たな痛みが意識に伝わる。それは来るべき終末を自覚させた。間もなくこの身の全てを覆い、肉と骨を焼き尽くしていくのだ。予感が胸を過ぎるのだが、恐怖はあまり感じない。意識は奇妙に冷めていて、まるで他人事のように見つめるのみだった。
ああ、寒い……
焔に囲まれながらも、何故か俺は凍てつくような寒さを感じていた。いや、周りの熱さは感じていた。だが内から湧き出る寒気が熱感を凌駕していたのだ。身の奥底より湧き上がるそれは、底知れぬ永久氷河のような寒気を噴き出し、意識を包み込んでいた。
これが何を意味するのか? 俺は直感する。
そうか、俺は死ぬのか……
首筋を何かが掴む感触が走る。それと同時に寒気すらも消えていくのを実感する。そして“後ろ”へ――或いは“底”へと引きずられていくのを感じる。
ああ、終わる。終わるんだ……
安らぎすら感じ、俺は深い微睡みの底へと堕ちていこうとしていた。
しかし――――
突如として身の下より走った振動、地震かと見紛うそれが俺の意識を現世へと引き戻した。俺は頭をもたげ、視線を宙へと彷徨わせる。
直ぐ目の前にまで迫る焔の蛇が見え、今にも俺自身を呑み込もうとしているのが理解できる。だが俺の意識は蛇などには向けられなかった。それ以上に目を釘づけとするものを、俺は両の眼に捉えたのだ。焔の海の中に、それは在った。
銀色に輝く不定形の異形の姿を、俺は確固として捉えた。そして急速に記憶が甦ってくるのを自覚した。
そうだ、こいつだ。こいつらが襲来したのだ。そして――――
続いてその名を口にした。
「MELE……」
絞り出すように繰り出される言葉だった。しわがれた声は焔の高熱に喉が焼かれている結果がもたらしたもの。そして口元を伝う生暖かい感触が、吐血を意味するものだと俺は知る。激痛が走り、喉が掻きむしらされそうになる。だがそれは俺の意識を挫きはしない。それに倍する激しい情動が俺の心を支配していたのだ。しかめられた眉間、歯軋りすら起こして食い縛られた口元が明瞭に表現している。
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