01 紅蓮の街

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 つい先ほどまで意識を覆っていた安らぎの静寂は影も形もなくなり、代わって激情の波濤に包まれていた。  思い出したのだ。こいつが、この異形の輩が……、この街を、俺の家族を、大切なものを悉く奪い去ったのだという事実を。 「MELE(ミール)!」  声は叫びとなる。痛めた喉はまともな声になどならないが、それでも絞り出される。僅かに響くしわがれた声は地の底から響くようで、重々しいことこの上ない。これが人間の発するものかと疑わせる禍々しい響きに満ちており、そこには人間が抱く最悪の感情が満ち溢れていた。  怒り、怨嗟――そして憎悪の叫びだったのだ。  昏く燃え盛る眼差しを銀色の異形に向けた。すると異形が俺に対して向き直るのが見えた、俺の眼差しを感じ取ったかのようだ。表面が鏡のようになっているのか、周囲の焔が異様に歪んで映っている。姿形の定まらぬそれはあたかもアメーバのようにうごめき震えていたが、やがて動きを止める。そして触覚のようなものが上部から伸び出るのが見えた。そして、その先端が俺の方に向く。その中から人の眼のようなものが顔を覗かせ、静止――凝視でもするように、俺に向けて固定した。  悪夢としか言いようのない光景だ。紅蓮の海の只中、人の眼を抱くアメーバのようなものが目の前にいるのだ。地獄の魔物にでも憑かれたようなものだ。だが俺は恐れ(おのの)くことなどなく、寧ろより激しく迸る激情に揺り起こされ、身の内に力さえ滾るのを感じた。  俺は身を起こす。指一本動かすのも叶わなかったはずだが、起き上がることさえ成し遂げた。するとバシャッという水しぶきの上がるような音が足元より伝わってきた。異様に厚みのある音は、それが単なる水でないことを意味する。目を向け、確認した。  足元に拡がる赤い液体が見えた。身体より滴るそれは自分の血だという事実を知らせる。胸と腹が見るも無残に傷つけられていて、大量の血が流れ出ていた。傷口からは肉が――或いは内蔵なのか――異様な塊となって飛び出しかけていて傷の程度の酷さは一見して分かる。最早 治癒不可能だろう。  その認識が意識を揺らしたのか、俺はよろめいた。だがそれでも、俺は眼前の異形から目を離さない、離してなるものかと気を張った。目線を決して逸らさず立ち続け、倒れやしなかった。そして立ち向かわんと力を絞ろうとしたのだが――――
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