01 紅蓮の街

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「ゴフッ」  思わず咽て咳をする。それに従い腹から胸元を途轍もない不快感が走り、口より鮮血が迸る。全身の力が抜けかけた。   「ぐぅっ!」  だが、それでも俺は歩みを始める、あらん限りの気力を絞って。それは覚束ないながらも、しかし確実に自分を先へと進めるものだった。  痛みなどはもう感じない。あまりにも激しい損傷は痛覚を遮断するのか、或いは死が迫るが故に感覚が麻痺してしまったのか、それともあまりにも激しい憎悪が痛覚をも凌駕したのか――真実は分からない。ただ俺は痛みに苛まれることなどなく歩みを進め続けることができた。  目は眼前の異形に注がれたまま。憎悪の炎 迸らせたそれは決して異形から離れない。 「MELE(ミール)ゥゥ……」  怨念に満ちた声を放ち、俺は手を伸ばし掴みかからんとする。だが不意に視界が踊り、思いが果せない事実を知らされる。世界が回り、一瞬重力の感覚を失ったかと思うや、次に大地に横たわる自分を知った。  倒れたのだ。肉体の損傷は、やはりまともな歩行を許さないほどに深いものだった。いや、ただ立つことさえ、本来なら一瞬でも許さない域に達していたのだ。  俺は力尽き、倒れ伏すしかなくなっていた。だが、それでも、未だ意識は失わない。  視界の片隅に目玉を持った触手が映る。それは何するともなく俺を見つめていた。その知覚が俺の意識に再び怒りの炎を灯す。もう一度掴みかかろうとするのだが、やはりと言うか、身体がピクリともしなかった。そればかりでない、全身の感覚が完全に消えているのに気づいたのだ。まるで意識だけが切り離されたようで、肉体がどこかに消えてしまったかのようだったのだ。遂に肉体の稼働限界を越えたのか? 思いは叶わないのか……  動けない、これでは何もできない……  しかし意識は未だ働く、目や耳などの知覚も機能が残っている。  触手が動くのが見えた。瞬きでもするように目玉が変化した。そしてアメーバのような全身が俺に向け進行し始めるのが見えた。 「うう、くぅっ!」  喰うのか! この俺を喰おうというのか!
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