第1話

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第1話

 摩天楼の(いただき)で、獣が吠える。──しかし、その声は、ひゅうひゅうと吹き(すさ)ぶビル風に掻き消される。  夏とはいえ、夜風は冷たく、獣の身体に容赦なく突き刺さる。獣はぶるっと、大きく震え、ふと振り返った。屋上に散らばる死体。風に煽られ漂う血の臭いが、彼の興奮を加速させる。(こら)えきれず、肉を(あさ)りだす。 「(カイ)、また、自分を見失って……、だめじゃない」  女の声にハッとし、獣が後ろ足でのっそりと立ち上がる。──もしかしたら、それは、人間に近いのかもしれない。二メートル近い巨体が、闇の中でゆらりと動く。そして、屋上の入り口から、ゆっくりと姿を現した女性にぎらぎらと輝く視線を向ける。 「ほらほら、いつまでそんな姿でいるつもり? 世話が焼けるんだから」  死体を乗り越えて、女が獣へと歩み寄る。小柄な、若い、髪の短い女だ。  獣は女に牙を向け、(うな)る。が、彼女はそれをものともせず、背伸びして、獣の頭をそっと撫ぜた。柔らかな動物の毛が、彼女の指の間に入り込む。     
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