おみおつけ

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おみおつけ

 久し振りに立ち寄った書店で指を切った。  近くに居た店員が駆け寄って来て、親切にも絆創膏を用意しますと言ってくれたが、私は気恥ずかしさから「歳をとると肌に水分が無くなってね」と、些かとんちんかんな言葉を残し書店から逃げ出してしまった。  今更年甲斐も無く料理本など手に取ろうとしたからだろうか。  そう言えば、紙で指を切ると刃物で切るより何故か痛い気がするんだったと、うっすらと血が滲み出した指先を眺めながら苦笑する。  滲み出した血は年輪の様に深く穿かれた皺を伝い、地中いっぱいにはった木の根の様にじわじわと広がって行く。  帰宅し居間の戸棚から薬箱を取り出しつつ、何で料理本など手に取ろうと思ったのかふと自分で疑問に思った。  確か本の見出しは「時短! 片手間! 面倒要らず!」そんな雰囲気だったと朧気ながら覚えている。  夫がスーパーの出来合いの物や粉末の出汁、それと殆どの飲食店の味が口に合わず、結婚してからと言うもの三度三度の食事はもっぱら手作りの、しかも「時短! 片手間! 面倒要らず!」とは一切無縁の物だった。     
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