八百万

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可愛らしいと聞いて海野はひとりの常連の顔を思い出す。 「白浪か?」 「いいえ、違うわ。初めて来る子ね」 「そうか」 海野は短く答えると、煙草に火をつける。彼が煙を吐けば、メープルにも似た香りが広がる。 「ねぇ、開けないの?」 「うるせぇな、いつ開けようが俺の自由だ。一服終わったら開けるさ」 「奇子ちゃんだったら開けるくせに……」 ヤオは唇を尖らせて言う。 「そんな事ねぇよ、開けたい時に開けるだけだ」 「ハイハイ、開けたい時に奇子ちゃんが来るだけなのよねー」 海野はヤオを睨む。 「さっきからなんだ?」 「別にー」 ヤオは拗ねたまま、住居の方へ消えた。 「ったく、白浪がなんだってんだ……」 海野はヤオが消えた壁をチラリと見て、ため息をつくように煙を吐き出す。 先程からふたりの会話に出てくる白浪奇子は、2年ほど前からこの店、巡り喫茶はぐるまの常連である。 歳は20代前半で、店に通い始めた頃は会社勤めだったが、今では文学の専門学校に通っている。 煙草を吸い終えた海野は、店を開けるために外へ出た。すると……。 「あの、今からオープンですか?」 海野に声をかけてきたのは白猫。正確には白い猫耳パーカーの少女だ。見た目からして年齢は15かそこら。 「あぁ、待たせたみたいだな」 少女は首を横に振った。 「ううん、そんな事ないです」 「そうかい、とりあえず先に中へ入んな」 「ありがとうございまーす」 少女はパタパタと店内へ入ると、カウンター席の真ん中に座った。 海野は看板をOPENにひっくり返して中に戻ると、少女の前にメニュー表を置いた。 「ありがとう」 少女は嬉しそうにメニュー表を開くと、目を輝かせながらページをめくる。 「ミルクティと抹茶パウンドケーキください」 「ん」 海野は短く返事をするとミルクティを淹れ、 抹茶パウンドケーキを皿に乗せて少女に出した。
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