Case book.1-2:崩壊する日常

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 それでなくとも、組織に騙されて拾われ、殺し屋になることを強要された経緯(いきさつ)から、他人を信用するということも難しかった。気を許した途端、掌を返されるのではないかという恐怖が、胸奥深くに常に淀んでいて、周囲と普通の会話ができるようになるまで組織の崩壊から丸四年掛かった。  今でも、心底から信用しているとは言えない。ただ、本心を隠して言葉を交わすことにようやく慣れただけのことだ。――言葉を、虚構で飾ることを覚えた。そうやって心を守っていれば、傷つかずに済むからだ。  一度深く傷ついて、他人を傷つけ殺めながら育った少年が、そうやって自分を守ったとて、責められる謂われはないだろう。  けれども、そんな不信にまみれた精神状態の中でも、信用できると思いたい人間はいる。  その中の一人が、リタだ。  彼女は、組織崩壊の時に子供達を保護してくれた警官の一人だった。  信用するしないではなく、彼女の場合裏表が全くなかったので、疑うことが逆にバカバカしく思えただけなのだが。  あの頃、リタはCUIO本部勤務だったが、その彼女が、何の用があって、このギールグット州にいたのだろうか。教会付属孤児院に移ってからは頻繁なやり取りがなくなったので、その辺りはよく分からない。 (手掛かりはこのUSBか……)  ポケットに突っ込んであったそれを、取り出して見下ろす。掌サイズで、一見長方形の銀細工に思えるそれには、微かにリタのものと思える血液が付着していた。  中身が無事かは判らないが、開けて見れば、彼女がここにいた理由よりは、死ぬことになった理由が分かるかも知れない。けれど、データを見てしまったら、本当に後戻りできなくなる気もした。  相手がリタではなく、全く知らない人間だったら、そもそもエレンとぶつかった時点で無視しただろう。さっさとエレンを立ち上がらせ荷物を拾って、何事もなかったかのように教会へ帰ろうとしたに違いない。  組織に引き取られて、実戦訓練に放り込まれた頃から、ティオゲネスにはいつしか自分と関わりない面倒事に首を突っ込まないようにする癖がついていた。
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