Case book.1-2:崩壊する日常

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Case book.1-2:崩壊する日常

 赤い、赤い足跡。  彼女の通った後に、点々と落ちていた、鉄錆びた臭いのする、足跡。  一瞬、夢なのか現実なのかが分からなくなった。  まるで、夢の続きのように―― *** 「ティ、オ……待って…ちょっと……」  荒い呼吸の合間に呼び掛けられて、ティオゲネスはようやく走るスピードを緩めた。  どれくらい走っただろうか。今、誰かが追って来る気配はなかった。息を切らせているエレンを少し休ませる為、ティオゲネスは完全に足を止めて、彼女の腕を引いていた手を放した。  それでも警戒のアンテナは緩めずに、路地裏へ隠れたまま表通りを伺う。  このまま一度教会へ戻るべきか、ティオゲネスは迷った。  普通に考えたら戻るべきだろう。逃亡するにしても、今のエレンの服では人目を引きすぎる。  それよりも、うっかりUSBメモリを預かってしまったことが、ティオゲネスには悔やまれた。  あの血塗れの女性――リタ=アン=クラークとティオゲネスは顔見知りだった。顔見知りよりも親しい関係だと言ってもいい。  四年前、ティオゲネスが四歳から十歳の時まで所属していた暗殺者養成組織がCUIOの手入れで崩壊し、組織で暗殺者として育てられていたティオゲネスを含む子供達は組織から解放・保護された。  全体でどれくらいの子供が、捕まって暗殺者として生きることを強要されていたのかは知らない。  けれど、とにかく彼らは全て保護され、一定のカウンセリング期間を経た後に、一部が里親の元へ引き取られたと聞いている。  ティオゲネスも組織の崩壊から二年ほど後に、今の『家』であるマルタン教会付属孤児院へ引き取られた。だが、拾われてから組織崩壊までの六年間を殆ど実戦訓練の中で過ごしたティオゲネスは、一般人が言うところの『普通の生活』に馴染むのにひどく苦労した。  四歳まではそれでも普通の生活をしていた筈だが、その辺りは自身の記憶としては朧気だ。組織が崩壊する頃には、周囲を常に警戒する習慣がすっかり染み着いてしまっていた。それだけならまだしも、銃を抱いて寝ることだけは孤児院に移ってからも中々止められなかった。
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