Case book.1-1:或る女との再会

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Case book.1-1:或る女との再会

 白い空間に、赤い跡が、浮き上がるように点々と続いている。  あれは、血の跡だろうか。  そう思いながら立ち尽くしているのは、ひどく整った容貌の持ち主だった。  形のよいアーモンド型の目元が、極上の翡翠と見紛う瞳を縁取っている。綺麗に通った鼻梁の下にある薄く引き締まった唇が、小振りな逆卵形の輪郭の中で絶妙な位置に納まっていた。中性的な美貌は、どちらかと言えば女性寄りだったが、彼は歴(れっき)とした少年だ。  その少年の、伏せられた瞼の下で、翡翠の視線が足下へ落ちる。  赤い跡は、まるで自身の足跡のように、足裏へと続いていた。思わず後退(あとじさ)りすると、赤いモノはそれに従って、擦ったように地面に尾を引く。 「ッ、ァ」  整い過ぎた容貌が、くしゃりと歪んだ。  どれだけ時が経っても、どんなに鉄錆びた道を離れたと思っていても、時折こんな風に現実を見せ付けられる。  まるで、誰かに忘れるなと念押しされているように。 『忘れられるワケ、ないわよね?』  耳元で囁かれる。瞠目して振り返ると、そこには眉間から血を流す、かつての友がいた。 「違うっ……!」  許してくれ。仕方なかったんだ。  身勝手にも、そう口に乗せる寸前、硝煙の臭いが鼻先を掠める。咄嗟に見下ろした手には、今し方、弾丸を吐き出したばかりの銃が握られていた―― *** 「――――ッッ!!」  ビクッと大きく身体が跳ねた。叫び声を上げたかどうかも分からない。  ドクドクと脈打つ心臓に、無意識に拳を当てる。浅くなった呼吸に溺れそうになりながら、周囲を見回す。  目に映ったのは、白いバルコニーと、緑の海原のような草原に点在する家々。  そよと渡る風が、汗ばんだ額と火照った頬を、優しく撫でて通り過ぎる。  バルコニーに出て景色を眺めている内に、うたた寝してしまったらしい。 (夢、か……)  はあ、と大きく息を吐いて俯くと、肩胛骨の間辺りに毛先が届く長さの銀灰色の髪が、サラリと肩を滑って流れた。 (……いや)  俯いた先に映るバルコニーの床を、ぼんやりと見ながら、少年はそれを否定した。
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