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Case book.1-4:車上の駆け引き
「すっかり暗くなっちゃったわね」
お腹空いたなぁ、などと暢気に呟きながら、陽が落ちて碌々何も見えなくなった窓の外を眺めているエレンを横目に見て、ティオゲネスはそっと溜息を吐いた。
全く、こののほほん具合はどうにかならないものかと思う。
プロプスト・シティの駅からこの列車に乗る前だって、「神父様に連絡しないと心配するから先に電話しよう」などと言って散々ごねたのだ。
追われているこの状況で下手に電話などしたら、第一に逆探知される危険性が高い。第二に、こちらと繋がりがあると分かれば、ラティマー神父やマルタン教会にいる他の孤児にまで被害が及ぶ可能性がある。
そこを簡単に説明した上で、本当に状況は理解できているのかと再度確認したら、「だから誰かに追われてるんでしょ」という答えが返ってきたので、分かってはいるようだ。頭では。
しかし、最初に追跡された時から今に至るまでに、実際には追手の姿を見ないものだから、実感が薄れているのだろう。
勿論、ティオゲネスの全力警戒の賜物なのだが、それはよく分かっていないらしい。
(まあ、分かれとは言わねぇけど)
これが組織で育った仲間なら、こんなに危機感が薄いことはまずない。相方が、彼らの中の誰かなら、逃亡劇もどんなに楽なことかと思う。
組織にいた頃の友の姿を、無意識に思い浮かべてしまって、ティオゲネスはきつく瞼を閉じた。
(……あいつは、もういないんだ)
だから、考えても仕方がない。呼んでも、もう二度と答えが返ってくることはない。
虚しい幻影を必死で脳裏から追い出すと、ティオゲネスは目を上げた。
プロプスト駅から出発して、二時間ほど経っただろうか。
今夜は、この列車の中で夜明かしすることになる。
どれだけ時間が掛かっても、一般人は空路を使うことのない世界だから、大陸間の移動ならば海路、つまり移動手段は客船に絞られる。
陸路は、鉄道なら短い距離を移動する普通の列車か、宿泊施設を備えた長距離列車を利用するのが常道だった。自家用車かキャンピング・カーを使って移動する者もいるが、今回のティオゲネス達にとって、それは選択肢に入っていない。
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