馬箱

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 その箱を開けると両親は馬になった。12月の初旬、本格的に冬が訪れ、街行く人々の吐く息が白く染まり出した頃だった。箱が届いた当時、私は1週間で溜まった洗濯物を片付けているところで、差出人不明の黒いダンボールは、その箱を開けてはいけないという恐怖心を強く抱かせた。宛名には私の名前がしっかりと刻まれており、警察に持っていくなどすれば手続きが面倒くさそうという怠惰な思考に支配された私は、箱に何かするということもなく、ただ部屋の片隅に置物として放置していた。箱は重厚な見た目とは裏腹にとても軽く、初めはただの空箱かと思っていた私だったが、ある日突然、箱の中からヒヒーンという鳴き声が響き渡ったので、その考えを改めさせられた。鳴き声は、部屋を突き出て廊下に響き渡るくらいの音量で箱から発生していて、今思い返すとスピーカーの音とは思えないようなリアリティのある鳴き声だったかもしれない。その日以降定期的に聞こえる鳴き声に一抹の不安を覚えた私は、箱への警戒心を保ちつつも、満を持してパンドラの箱を開けることとしたのだ。  私が今、我が身に降り掛かっている奇々怪々な事態を逃れられる場面は多くあったかもしれない。しかし、正直になってみてほしい。ある日突然、馬の声で鳴く正体不明の箱が届いたとき人はその箱を開けるのだ。何が入っているかわからないという事実は、私の想像力を無限大に刺激し、それに相まって響いてくる馬の鳴き声は正常な思考を麻痺させてくるのだ。私の脳みそは好奇心をくすぐられ、我慢しようとしても蛆虫が体中から吹き出るような状態に陥っていたのだ。そした、正常堅実な思考を失い、欲望にかられた私はものが自由落下するのと同じ普遍さで箱を開封することを意に決した。私は開封作業に取り掛かってみると驚愕した。あたかも自ら封を解きたがっているかのように、密閉されていた箱は一瞬のうちにその処女性を失ったのだった。
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