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キキョウ
黒ずくめの男がイヴを連れてやってきたのは、客のよく入っている大きな酒場だった。
男はイヴにアラックを、自分用にはミントティーを頼み店内の端、灯りの薄いテーブルについた。
「気を遣わなくても。」
イヴは、男がイヴの分しか酒を頼まなかったことに対し言ったが、黒ずくめは気にするなという素振りで返した。
「オレは下戸なんだ。」
「げこ?」
「酒が飲めん。」
「そうかい、悪いが俺は遠慮が苦手なんだ。」
「それで構わない。ところで、」
イヴの目を見つめ一度区切った男はなかなか次の言葉を発さなかったため、気の長くないイヴは続きを促した。
「何だ。」
「あんた、名は?」
「そういえば名乗ってなかったな。イヴだ。」
イヴが名乗ったところで、ここの看板娘らしい若い娘がアラックとミントティー、それにグリークサラダ、香草で香り付けしたバターソースのニョッキを運んできた。
「イヴか。オレはキキョウだ。さっきは助かった。改めて、礼を言う。」
キキョウと名乗った男はサラダとニョッキの皿をイヴの方に向けながら、自分もフォークを取り料理に手を伸ばした。
「あれは俺が勝手にやったことだ。ところで、“キキョウ”って変わった名だな。この辺じゃ、、、いや、俺が今まで行ったどの場所でも聞いたことがない。」
イヴの言葉にキキョウは少し間をとってから「東の海の向こうの地に咲く花の名だ。」と言い、衣の内側から、巻かれた紙と細く小さな筒、先が柔らかい絵筆のようなものを取り出した。
「似合わんと思っただろう、花の名なんて。」
イヴの顔を見て、キキョウは眉を片方上げながらにやっと笑って続ける。
「この花は薔薇やカレンデュラのような華やかさはないが、オレの故郷では慣れ親しまれた花だ。花弁が紫色をしている。」
「あんたの、その衣みたいに?」
そう、黒ずくめと思っていたキキョウの衣は灯りの下でよく見ると紫色の布だった。
「まあ、そうだな。」
キキョウがさらりと描き上げて見せた花の絵は、確かに華やかとは言い難いが不思議な魅力を持っていた。イヴは頭の中でその花にキキョウの衣の色を重ねてみる。
なるほど、こいつの花だ。
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