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一家心中なんてテレビの中の話だと思っていたけれど、それのどの位が無理心中じゃないと言えるのだろうか。
仕事、生活、この先の未来。全てを投げ捨てた所で、弟とは死んでやれない。
それは多分、自分以外の誰かとの幸せやこれからの時間を望んで止まないからだ。
でもこの男には、自分以外の人間との幸せなんて望んでやれなくて、死にたいほどの絶望があるのなら、そこへ一緒に連れて行けと思ってしまう。
「母親が無理心中しようとした時、俺だけ除け者にされた気がしたんだ」
赤尾家は父親が始めた事業で失敗し、家族を置いて父親が女と逃げた後、母親が下の二人の息子を連れて無理心中しようとした。
当時中学生だった長男の千歳は、母親の寝室から漏れ出る煙の中に飛び込んで弟二人を抱えて外に走ったらしい。
その後、母親を助けに入ろうとしたがもう火の手が回り過ぎていて、どうにもならなかった。
たった十三歳の長男は親戚を盥回しにされながら弟を育て、母親が自分だけ連れて行こうとしなかった理由をずっと探していたらしい。
「多分、俺に言えば反対されると分かってたんだろうと、頭では分かるんだ。今でも母親の腕の中から千瑛を奪った時の、あの人の顔は忘れられん……。連れて行かないでって、泣いてたのにな……」
その場から動く意志のない母親から末の弟を奪い、寝惚けて母親に縋り付こうとする次男の首根っこを捕まえて、母親を蹴り飛ばして逃げたと千歳は言う。
「間違っていたとは思わない。でも、酷いと思わないか……? あの人を一人で死なせたのは、俺なんだ……」
崩してみたかったあの飄々とした数学教師の下がった眉尻が、胸に痛い。
今路は今この男を抱き締められる権利がある事が、何にも代えがたい幸せで、それを伝える為ならば、この先一生を費やしても良い。
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