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親からも弟からも逃げ出して、体を張って生きると決めた。
後悔なんてしてないし、仕事にプライドもある。
汚れた仕事だと蔑むヤツがいたとしても、論破してやるくらいの気概もある。
なのに千歳が目の前に現れた時、泣きたくなった。
「今路、集中してねぇな? 本当に気が乗らない?」
「あ、いや……違う。あんたが千瑛を迎えに来た時の事、思い出してた……」
「……何だそれは。一体いつの話……」
「俺、あん時からあんたの事好きだって自覚したんだよ……」
同じ事務所の男優でビジュアルの良さから鰻登りで人気を勝ち取って行った千瑛は、厄介な体質を持った男だった。
分離依存症と言われるそれは、閉鎖空間に一人ではいられず、愛着のある人間から置き去りにされたりすると軽いパニックを起こしたりする。
千瑛はそのせいで自分が兄を不幸にしてしまうと思っている所があり、良く友達や同業者の家を転々としていた。
なかなか自宅に寄りつかない弟を探し回っていた兄は、次男の千幸から同業者の家に入り浸っていると聞き出して、今路のマンション前で待ち伏せていた。
痩せた体に疲れた様な顔。
あの何にも動じない数学教師が、自分よりもはるかにデカイ弟を見るなり一発殴ったのだ。
卒業以来会ってはいなかったけれど千瑛の兄が、あの覇気のない数学教師である事は何となく察していた。
赤尾なんて苗字がそうそうある事じゃなく、歳の離れた兄がいると言うことも知っていたし、だからこそ今路はこんな面倒な体質を持った千瑛を家に連れ込み面倒見ていた。
生意気だったあの頃の、相談料を払う位の気持ちで。
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