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あの頃は、千歳が返して来た言葉の意味も良く分かってなかった。
だが千瑛と出会って、その言葉には深く悲しい過去が潜んでいる事を知る。
「千瑛の事殴って、その後抱き締めてたじゃん……。あんたもあんな風に怒ったりするんだな、ってちょっと……」
羨ましかった――――。
「あぁ、あん時か。丁度受験のシーズンだった事もあって気が立ってたからなぁ……ホント、どうしようもない弟だ」
探し回ってくれる家族、心配して怒る兄、抱き締められた千瑛が自分なら良いのにと思う。
一人になって淋しさなんて感じた事ないのに、千歳をあんな風にする千瑛に嫉妬した。
その時千歳は、近くに立っていた今路を見て少し記憶を辿ると、ポツリと零した。
「……お前、古川……兄の方か?」
「久しぶりだね、先生」
動揺を隠したのは、自分の気持ちに気付いたから。
ゲイの上、弟を好きだと言った自分に「気の迷い」だとか「勘違いだ」とか、両親は散々事実を捻じ曲げようと足掻いていたけれど、「バカな事」とも「ふざけた事」とも言わなかった大人は千歳が初めてだった。
弟の千瑛に嫉妬する位、この男が恋しかったのだと思い知って、泣きたい衝動に駆られた自分を押し殺した。
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