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「逃げてんじゃねえよ。逃げ回ったって、いつまでたってもどうにもならんぞ。立ち止まったところからやり直しゃいいんだ。何回でもな…俺もお前も。失敗したっていい。何回でもやり直せ。そこからが始まりだ」
「…わかってるよ…」
「ああ…そうだな。お前は…本当はわかってるんだよな。くどくどと悪かったな」
「……」
理沙は黙って立っていたが、しばらくして後ろを振り返った。
そしてそのまま、後ろを向いて歩いて行き、天堂家の豪華で大きな玄関の扉を開けた。
俺が言う事は何もない。
理沙は、やたらと広い、大理石が埋め尽くされた瀟洒な玄関の向こうに立っている男の方に近づいていった。
自分の父である天堂宗一。
奴も歳を取った。
理沙は天堂の3人めの妻との間に生まれた娘だった。
戻ってきた理沙を見つめる天堂の顔は、ヤクザの顔から、まるで天にでも昇るような幸福そうな喜びの表情に満ち溢れていた。
奴もただの父親なのだ。
理沙は話すでもなく、ただ頭を下げて、黙っていたが、天堂に抱きすくめられると、幼児のようにわんわん泣いた。
中身はひょっとしたら10年前のままで止まっているのかもしれない。
俺だって10年前から何も変わっちゃいない。
時間が止まったままだった。
俺が天堂の方へ向かうと、奴は俺に気づいた。
昔は睨み合った敵対関係だった。
「確かに送り届けたからな」
「ああ」
かってはあれだけ険しかった奴の表情が、一瞬ふっと優しく緩んだ。
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