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俺にはこれまで見せたことのない表情だった。
娘は父親の顔も見ずに、玄関奥にある広い自宅内へと入っていった。
それを振り返っていた天堂の姿は、かってのような厳しい気配を忘れて、何かとても安心しきったような佇まいだった。
「それじゃ」
「ああ」
俺は、やけに金を使いすぎた広いゴージャスな玄関から外へ出ようとした。
「お互い大変だと思うが、お前はまだまだ生きていくよな」
くぐもったような低い声だったが、天堂は俺の背中にそう言った。
「ああ。何も変わりゃしないよ。昔も今も大変だ。あんたもそうだな。まったく…なんでこういう人生なのかはわからんが、お互い面倒臭い生き方をしてるよ、ったく」
「俺もそう思う」
天堂はそう言うと笑った。
奴の、初めて見た笑顔だった。
「それじゃな」
「ああ、…ありがとな…」
股を少し広げ、頭を下げたままの天堂を後に、俺はそのまま外へ出て、クライスラーに乗り込んで、そそくさと車を走らせた。
フロントガラスは埋め込まれた弾丸のせいでヒビが入り、割れたままだったが、大して気にする気にもなれなかった。
そんな傷ならもういくつも抱えている。
今更珍しいものでもないからだ。
携帯が鳴った。
バイブが肋骨の骨折箇所に響く。
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