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さて、どうしたものか。
無我夢中に地区の外れの廃ビルの一室に飛び込んだ雷電は、途方に暮れていた。生まれて此の方、他人の命を奪った経験も銃弾を喰らって死にそうになった経験も数あれど、直接自身の命だけを狙われたのは初めての経験だ。それも数日から一週間を要する目算の仕事、その初日だ。
……どうも、学校に通ったからといって無条件に安全なわけではなかったらしい。
そして、不安要素がもう一つ。
「……む、むぐ……」
道中で気絶してしまった読心の少女、リィン=ヒューズは、彼の命を奪わんとする場面に出くわしてしまった。
仮にあの場で放置した場合、口封じに命を奪われていた可能性が高い。だからと言って連れてはきたものの、敵の全貌が見えず、自身の『能力』の影響で連絡も取れない。
最悪だ。
そもそも、連絡が取れたとして、ジルは果たして味方なのか? この仕事を持ってきたのは上の連中だとジルは言った。その息がかかっていないと、判断できるのか?
それでも、寄る辺として浮かぶのはジルばかりで、単独でどうにか出来る事態であるか否かなど、到底判断できなかった。
……最悪だ。
雷電は優秀な殺し屋と言って差し支えない。自らの肉体一つを頼りに、音も無く痕跡も残さず、何人もの血を吸って青春のこれまでを過ごしてきた。
しかし、いや、だからこそか、彼は状況判断において脆さを見せる。現場での独断を迫られることは珍しくないが、計画を立てるという段階では、ジルをはじめとする他者に頼りきりだった。
(動くべきか……単独の空間移動能力者なら、対処は不可能ではない。しかし軽々に動けば察知されかねない……こうして籠っていても時間の問題か……いや、まずはジルに連絡を付けて……それでは遅いか? いや、だが、しかし)
リィンに目をやり、思う。彼女を、せめて彼女だけは、逃がさなければならない。なれば、こんなところでまごまごしている時間は、ないのではないか。
一般人である彼女を、自身の過失により巻き込んでしまったという自責の念が、焦りと混乱に拍車をかけていた。
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