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変声期前であろう、良く通る男子の声が、深い栗色の短髪を伴って敷居をまたいだ。その表情は緊張するでもなく、弛緩するでもなく、中性的で端正な顔立ちはどこか冷淡にも見えた。
「……アリサ=ワードリアと言います。両親の仕事の都合で引っ越して、転校してきました。急ですが、よろしくお願いします」
「はいよろしく。席はあそこな、窓際の……デニム、デニム寝てるんじゃない! そうだおはよう、お前の隣だ。あ? アリサだよ聞いてなかったのか? 転校生だよ! 何でも聞かれたら完璧に答えろよ。……ほかに連絡事項は無し、一限この教室だよな? だな? よしホームルーム終わり、解散!」
デニム男子生徒の苦笑いを他所に、担任の男は教室から出ていった。それと同時に、教室の三分の一が転校生の元に群がり、三分の一は遠巻きにそれを眺め、三分の一は興味無さげに、いつものメンバーで固まっている。リィンととエルミナスは、静観している組に分類された。
「ねね、リィン」
「なに? ルミナ」
エルミナス=リュクルアスに親しい者は、彼女をルミナという愛称で呼ぶ。リィン=ヒューズも、そのひとりだった。
「読んでみてよ転校生!」
ルミナが体を乗り出し、前席のリィンに提言をする。はは、と口では笑っているが、あからさまに否定の歪みを見せる表情のリィンに、ルミナはもうひと押しを試みた。
「でもさほら見て見てアレ! 握手してるし、自然じゃん?」
「んん……」
「じゃっホラ、じゃあさ、一言聞いてからならどう? 挨拶も兼ねでさ」
「んんー…………」
リィンとしては、論外な提案だった。読心とは、対象の意思に関わらず、その秘部に触れる行為であるからして、乱用は言語道断である。
こういった意識を徹底してきたからこそ、これまでの人生、十六年という決して長くない期間とはいえ、リィンの生活は破綻を起こしていないと言っても良い。
ルミナという十年来の友人は、それを重々分かっている、はずなのだが。
「……ま、聞くだけね」
読心であると知られれば、握手の一つであっても断られるだろう、という算段がリィンにはあった。
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