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勇造の言葉のどれかに、沢口は酷く動揺していた。険しい顔でしばらく勇造を睨んだ後で、沢口はつなぎ服の襟から手をそっと離した。
「誰が聞き耳たててるかわからん中で、これ以上話は出来ねぇな」
「どういうことです」
「お前も刑事何年かやったんだ、ある程度察しが付くだろう。世の中には、それが真実だとわかってても、言えねぇことがあるんだよ。連日のマスコミの騒ぎは俺も知ってる。日を追うごとに報道合戦が激しくなってることも、もちろんわかってる。だからってもし、ここでお前がその憶測とやらを喋ってみて、大混乱になったらどうする。責任はとれるのか。真実を知ることだけが正義だなんて、甘い考えは捨てろ。何より警察が、そういう方向に動かなきゃならんような事態が、実際起こってるんだ」
沢口の言葉は、重かった。今まで見たこともないくらい、何かに焦りを感じていることも、勇造には見て取れた。それが何か、明確な答えを今出せないことに対する憤りもまた然り。
「一ノ瀬、悪いことは言わん。今のうち、何も起きないうちにあの十六歳と縁を切れ。――忠告したぞ。いいな」
いつになく真剣な表情で、沢口は言った。思いがけない言葉で呆気にとられた勇造を尻目に、彼はいつもの沢口に戻ってトイレから出て行った。
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