14:何も言えない

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「それより、もし何があったか言えるのなら言って頂戴。力になれるといいんだけど」  沙絵子はそういって優しく笑うが、相談はできそうにない。まさか自分の母が、前から知っていたとは言え売春行為をしていて、挙げ句子供に手を出したと聞かされ逆上したなどと、どうやってこの無垢な女性の前で言えようか。世の中には知らない方がいいこともある。湊斗はぐっと握り拳を作って、大丈夫ですと気丈に言って見せた。 「湊斗、お前風邪引いてんのか」  と、今度は勇造から突拍子もない質問が向けられ、 「別に」  意味もわからず答えると、夫妻は難しい顔をして頭を捻った。 「昨日のお前、端から見たらインフルエンザか何か、熱に冒されたような症状が出てたぞ。今朝は熱もない、身体が少し痛むだけと言ってたが、どうなんだ。以前にも似たようなことはなかったのか。急に動悸が激しくなったり、頭痛が続いたり」 「――初めてだよ。ああいうの。俺、医者とか行ったこともないし」  第一、医者に行くような金などあの家にはない。言いそうになって湊斗は口を噤んだ。 「湊斗、お前今日も暇だろ。一箇所、連れて行きたいところがあるんだが」  いつになく真剣な勇造の誘いに「いいよ」と軽く返事をすると、隣で沙絵子が「勇造、あなたまさか」と変な声を出す。     
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