14:何も言えない

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「その、まさかだよ。向かう先は『柳澤生体研究所』、ナノマシンの研究をしてる小さな会社だ」  *  昨日の夜は気づかなかったが、勇造のスーツ姿はとても見れたものじゃなかった。似合わない。その一言に尽きると湊斗は思った。  口に出せば機嫌を損ねると思って言葉を飲み込んだが、それにしても、いつも作業着姿の彼が何故スーツなのか。気合いを入れるにしても入れる方向が間違っていると思ってしまう。  それに格好は一丁前でも、移動手段はいつもの白い軽ワゴンしかない。土臭い車内、スーツの勇造と、会社に置いてあった洗い立ての作業着に着替えた湊斗、不釣り合いな二人が同席する。 「何とか研究所って、こんな住宅街にあんの?」  揺れる車内、いつもの調子で質問する湊斗。 「ああ。俺も最初は驚いたが。目くらまし、なのかも知れないな」 「何それ。物騒だ」 「物騒だよ。あんなところでナノマシンの研究なんかしてりゃな」  緩い上り坂の上に白い大きな邸宅が見えると、勇造は「ここだ」とスピードを緩めた。  * 「昨日の今日でいらっしゃるとは、流石一ノ瀬さん。いい仕事しますね」  柳澤は銀縁眼鏡の奥で細い目を更に細めて不敵に笑った。     
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