【掌編】30分、夜明けの君

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 片田舎の町。車通りも少なくて、アパート以外に三階より高い建物の存在しない、住宅地。人っ子一人居ないそんな道を抜け、僕が目指すのは更に人と家の少なくなった場所だ。  二キロも道を進めば、住宅は一気に数を減らす。陽が昇り始め、小山の向こうから後光が射し始める。少し、急いだ方がいい。僕はペダルを漕ぐ力を一層込めた。  五分も進み続けると、周りが田んぼばかりの場所に出る。まだ、農家の人も仕事を始めない。一キロ弱離れた場所を唯一、幹線道路が走っている。でも、それだけだ。僕の四方数百メートルは完全に、人っ子一人居ない。ただ高圧線だけが、水田を跨ぎながら長い長い電線を渡している。  そんな、小山と電線が重なるその静かな場所で、僕は自転車を停める。少し息を切らせながら上げた視線の先に、彼女が立っている。  薄い、陽炎の様に実体の無い、煙の様な姿をした、一糸纏わぬ美しい体をした長髪の女性。鉄塔よりもずっと高い、小山と同じくらいの背丈の彼女。  幾ら声を掛けても、聞こえていないのか無視しているのか、決して僕の方を見る事はしない。ただ、太陽を背にしてずっと遠くを、澄んだ瞳で静かに見つめている。     
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