ないすとぅみーとぅゆー

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 駅についた俺はおもむろに携帯を取り出し、ある人物へコールする。 数回耳に響くコール音。 最近はこのコール音を変えている若者も多いそうだが、少し考えてみてほしい。 もし君に電話を掛けようとしてくる人間が会社の上司だったりだとか、国のお偉いさんだったとして、それははたして適切なコール音だろうか。 生きていく為には働かなければならず、また働く為には周囲の人間の力というものが絶対的に必要になる。 よって君がそのコール音一つ変えてしまうだけで「あ、この人はそういうこと考えないでこういうことしちゃう人なんだ」と思われてしま――。 「――あ、もしもし今日から二年一組の甘瀬ですが担任の山中先生をお願いします」  身も蓋もない思考はコール音が止んで向こう側から声が聞こえた為一旦停止した。 少々お待ちくださいと事務の人が言うと、キャッチホンのメロディが流れる。 我が校のキャッチホンメロディは「エリーゼのために」である。 この事実を把握している人間はそう多くないだろう。 唐突にメロディが止み、向こうから男の低い声が聞こえてくる。 「お電話変わりました山中です。おはよう甘瀬。今日から進級だがまさか忘れていたわけじゃないだろうね」  いきなりそう切り替えしてきた担任の山中先生は高校一年から引き継ぎで僕のクラスを受け持つ。 それ故のジョークであることを俺は十分理解しているつもりではあるのだが、やはり慣れないものである。 しかし、ここは努めて冷静に要件を告げねばならない。 「すいません、電車(に乗るの)が遅れてしまい遅刻します。なんとか二時限目には間に合うかとは思うのですが……」 このご時世、無断でさぼったり友達伝手に休みを告げる不届きものが多い中、高校生というこの位に甘んじることなく自ら電話を掛け、遅れた理由とどの程度遅れるかを連絡する俺、マジ学生の鏡。 「はぁ。着いたら先生の所へ来なさい。遅れるのは分かったから、気を付けてくるように」 「はい。すいません、失礼します」 ………よぉし勝った。  学校が遠くて早く起きなければならないという環境は俺が選択したわけだから文句は言えないし言わない。 後は誠意を込めて謝ればいい。 先生もきっと、俺が頑張っているということを理解してくれるさ。 電話を切ると、見計らったようにアナウンス。 直ぐに電車が到着したので、俺はそれに乗り込んだ。
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