メガロポリスの鮫

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 コルト・パイソン・マグナムはもはや拳銃ではない。片手で使う小型の大砲だ。それを扱うには、筋力も不可欠だが、それだけではない。絶妙なタイミングで手首を返さないとその反動で捻挫、女子供なら、その重さを持ち上げられたとして、骨折しても文句は言えないだろう。マグナムというと、銃身の長いブラックホークが代名詞になっているが、その特徴の長い銃身が、却ってまとわりついて早打ちには向かない。長い銃身が命中精度を保障するというふれこみだが、彼ほどの腕前になれば、そんなのは関係ない。  そう、西条恵は、自他共に認める、そのパイソン撃ちの名手だ。ただし、それで世間に賞賛されることはない。オリンピックなどのスポーツ射撃とは無関係だからということもあるが、何よりも、この男の身を置く世界が世間に背を向けているからだ。警察などでもない修羅場。CIAの非合法工作員。それが、この男の立ち位置だ。もとより、命の保障の無い末端の工作員であるのは事実だが、それでも日常は”外交官特権”で守られている。あの映画の007の親戚みたいなものだが、あっちはれっきとした公務員である。  だが彼は、その身分にまったく文句はなかった。自ら選んだ道だからだ。非合法工作員というより、雇われ殺し屋の認識。とにかく、銭になるのだよ、銭に。それで十分ではないか。そして、この世界では、彼の出番には事欠かない。文字通り”引く手あまた”なのだ。CIAに身をおくのは、彼に特段にアメリカへの忠誠心とか正義感があるからではない。この世界一の大国の”仕事”が一番、銭になるからだ。  西条恵は米国生まれの日本人だ。国籍上はアメリカ人、いわゆる二世なのだが、両親はどちらも日本人移民だ。かの日米一年戦争のおりには、両親ともどもカリフォルニアの強制収容所に送られた。ああ、ちなみに言っておけば、日米一年戦争とは、今の日本帝国と祖国アメリカが太平洋を挟んで戦ったあの戦争のことだ。緒戦は日本帝国の真珠湾奇襲で推された形になったが、ミッドウェー沖の決戦では、日本帝国は虎の子の空母艦隊を米軍に壊滅され一気に形勢逆転。首都相当の江戸市を空襲されるにおよび、首都京都に居るミカドが東京の軍本部・大本営を無視して米との講和を断行、一年で事実上の日本帝国の敗戦で終わった、あの戦争のことである。
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