花ノ歌01

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 問いただされているこの状況が戸惑うから、もうそれ以上追求しないでほしいと目で訴える。  じっと見返して、そこでようやく何かがおかしいなと気付いた。  目を見つめているのに、視線が合わない。  口を閉ざすわたしの言葉の先を、彼はいまだ待っているようだった。 「・・・あ、」  なぜ気付かなかったのか。  なぜ、気付けなかったのか。  彼の纏うこの空気を、わたしは知っている。  以前看護学校の実習先で出会った、朗らかな婦人とよく似ている。彼女はよく声をあげて笑っていたので、全然違うのだけれど、光を返す瞳の色がそっくりだった。  そっと近寄ってみる。  白杖もなく、介添えもなく、まったく危なげなく歩いているから全然わからなかったけれど。  空科は、記憶の中の婦人のように、ただまっすぐ、静かに前を見つめていた。相手の視線の先を予測して、耳を(そばた)てて微笑んでいる。  近寄るわたしを、その瞳で追うこともなく。 「・・・空科さん・・・目が・・」  何も映さず真っすぐだから、色がないと感じた。  硝子のように光るから、熱や意志がないように見えてしまった。  わたしがちゃんと見ていれば、もっとはやく気付けたはずなのに。  声に応えた瞳がうすく細められ、目じりに皺を刻む。     
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