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「この国はの・・・争うことも無いから武力は無く、部隊はあっても、それは城下の諍いを収めるだけのもので、戦など一度の経験もない・・・そんな穏やかな国じゃったよ。ほんとうに平和じゃった。機を追って働く女も、小さな子供もたくさん居った。そんな人らの賑やかな声や、笑い声だって毎日聴こえておった。乾燥した国じゃが畑もあったし、花壇には花も咲いていて、城の周辺には緑も多くあった。城下の皆も、もっともっと・・・明るくて、活き活きしておったよ」
一度、占術師はそこで言葉を止めた。
平和だった頃の国の様子を思い出しているようだった。
幸せだった一瞬。忘れられない、懐かしい安息の瞬間。
「どうしてこんなことになってしまったのか・・・」
老婆は背を丸めて、深く長いため息を吐いた。
「すまんの、歌乃。本当は、話すべきことじゃぁないのかもしれんが・・・それでも、わしは・・・」
歌乃は言葉の続きをじっと待った。
これから起きることを予見し続けた小さな占術師は、歌乃を巻き込んでしまうことを恐れているようだった。
未来を願いながら、今を後悔しているように見えて、それが辛かった。
話せば、それはそのまま歌乃をつなぎ留める枷となる。
紡いだ言葉は連なって鎖となり、この地に歌乃を縛り付けてしまう。
それは老婆の様子から、その言葉から、歌乃もなんとなくだが理解していた。
帰りの電車の中で日常が切り離された時から、家に帰れなかった時から、ぼんやりとだが覚悟はしていたように感じる。
だからこそ、静かにじっと待ち続けた。
「なかなか、お前さんは強い子だのぉ・・・」
ふるふると、ちいさく首を振った。
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