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「あぁもう!世の中って、なんてめんどくさいの?」
式部は、自分の局の小机に向かって、頬杖をつきながらため息をついた。
「何が、早く新作が読みたいわー、よ。私だって読んでみたいわ」
もう十分に擦りこんだ墨を、またごりごりと擦りはじめる。
「違うタイプのイケメン?
そんなに簡単に言わないでよね。
宮中で出会う男なんて、みんな似たり寄ったりなんだから!」
式部がこんなにいらついているのには、理由が二つあった。
一つ目は、女房仲間の兵衛門に言われた一言だ。
「式部も、清少納言さんのようなエッセイを書いてみたらどう?
あれ、とってもおもしろいって評判よ」
…思い出しても腹立たしい。
兵衛門なんて、なーんにも知らないくせに。
私の大作と、あのリアリストの大年増が書いた、日常の一コマを比べるなんてどうかしてる。
偉そうに漢字を書き連ねているからもっともらしく見えるけど、よく見ると間違いだらけで、たいしたことないんだからね。
なーにが『春はあけぼの』よ。誰だって書けるっつーの。
事実、女房たちの評判は二分され、今や女流文学会の二大派閥となっているのだ。
しかもあちらの信奉者は、やれ式部は究極の一発屋だの、万年スランプ女だの、悪口三昧言っているのは、式部の耳にも届いている。
心おだやかにいられるわけがないのであった。
やきもきしているのは式部本人だけではない。
彼女を見つけ出して、世に送り出してやったと自負している、彼女のプロデューサーであり、スポンサーの藤原道長。
飛ぶ鳥落とす勢いの道長様に、ぽろっと言われた一言が、二つ目の理由だ。
「式部、そろそろ二作目を出してみないか?主上も中宮様も楽しみにしておられるぞ」
今や誰もが認める最高権力者の殿上人に、大勢の前で声を掛けられたうえ、
主上と中宮様の名前を出されて恐縮し、つい言ってしまったのだ。
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