第1章 人気作家はつらいよ

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***** 「あぁもう!世の中って、なんてめんどくさいの?」 式部は、自分の局の小机に向かって、頬杖をつきながらため息をついた。 「何が、早く新作が読みたいわー、よ。私だって読んでみたいわ」 もう十分に擦りこんだ墨を、またごりごりと擦りはじめる。 「違うタイプのイケメン? そんなに簡単に言わないでよね。 宮中で出会う男なんて、みんな似たり寄ったりなんだから!」 式部がこんなにいらついているのには、理由が二つあった。 一つ目は、女房仲間の兵衛門に言われた一言だ。 「式部も、清少納言さんのようなエッセイを書いてみたらどう? あれ、とってもおもしろいって評判よ」 …思い出しても腹立たしい。 兵衛門なんて、なーんにも知らないくせに。 私の大作と、あのリアリストの大年増が書いた、日常の一コマを比べるなんてどうかしてる。 偉そうに漢字を書き連ねているからもっともらしく見えるけど、よく見ると間違いだらけで、たいしたことないんだからね。 なーにが『春はあけぼの』よ。誰だって書けるっつーの。 事実、女房たちの評判は二分され、今や女流文学会の二大派閥となっているのだ。 しかもあちらの信奉者は、やれ式部は究極の一発屋だの、万年スランプ女だの、悪口三昧言っているのは、式部の耳にも届いている。 心おだやかにいられるわけがないのであった。 やきもきしているのは式部本人だけではない。 彼女を見つけ出して、世に送り出してやったと自負している、彼女のプロデューサーであり、スポンサーの藤原道長。 飛ぶ鳥落とす勢いの道長様に、ぽろっと言われた一言が、二つ目の理由だ。 「式部、そろそろ二作目を出してみないか?主上も中宮様も楽しみにしておられるぞ」 今や誰もが認める最高権力者の殿上人に、大勢の前で声を掛けられたうえ、 主上と中宮様の名前を出されて恐縮し、つい言ってしまったのだ。
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