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「は、はい。ただいま構想中です」
「なに、構想中?それはどんな話なの?」
「いえ、それは出来上がってからのお楽しみです」
「ほぅ。それは楽しみだ。そこまで言うなら傑作に間違いないな。
出来たら最初に私に見せてくれよ」
「もちろんです、道長様」
苦し紛れに言ったことを本気にされてしまって。
もう、自分でハードル上げてどうすんのよっ!
式部は自分のうかつさを呪った。
道長様からは、さっそく大量の紙が届けられた。
紙が貴重なこの時代、ありがたいことではあるけれど、小机に真新しい紙と高級な墨を用意したところで、何も浮かんでは来ない。
「こういうの、プレッシャーって言うのよね」
今日、何度目かの深いため息をつくと、格子の隙間から見える空に目を向けた。
いつの間にか、外は真っ暗になっていたが、中天に明るく光る月が浮かんでいた。
今日は満月だったのか…
満月の夜。それは宮中の人々にとって特別な夜だ。
高貴な方たちが管弦の宴を催すこともあるが、そうでなくても
誰もが月を見上げて、そわそわし始める。
公達はめぼしい女人に会いに行くために、気の利いた和歌を詠もうと頭をひねり、
女たちはいつでも殿方を迎え入れられるように、着物に香を焚きしめ、長い髪を梳かせ、化粧に余念がない。
現にさっきから、式部がいる局の近くでも、どこぞの女房に取り次ぐ文使いの者たちの声が聞こえていた。
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