第1章 人気作家はつらいよ

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「は、はい。ただいま構想中です」 「なに、構想中?それはどんな話なの?」 「いえ、それは出来上がってからのお楽しみです」 「ほぅ。それは楽しみだ。そこまで言うなら傑作に間違いないな。 出来たら最初に私に見せてくれよ」 「もちろんです、道長様」 苦し紛れに言ったことを本気にされてしまって。 もう、自分でハードル上げてどうすんのよっ! 式部は自分のうかつさを呪った。 道長様からは、さっそく大量の紙が届けられた。 紙が貴重なこの時代、ありがたいことではあるけれど、小机に真新しい紙と高級な墨を用意したところで、何も浮かんでは来ない。 「こういうの、プレッシャーって言うのよね」 今日、何度目かの深いため息をつくと、格子の隙間から見える空に目を向けた。 いつの間にか、外は真っ暗になっていたが、中天に明るく光る月が浮かんでいた。 今日は満月だったのか… 満月の夜。それは宮中の人々にとって特別な夜だ。 高貴な方たちが管弦の宴を催すこともあるが、そうでなくても 誰もが月を見上げて、そわそわし始める。 公達はめぼしい女人に会いに行くために、気の利いた和歌を詠もうと頭をひねり、 女たちはいつでも殿方を迎え入れられるように、着物に香を焚きしめ、長い髪を梳かせ、化粧に余念がない。 現にさっきから、式部がいる局の近くでも、どこぞの女房に取り次ぐ文使いの者たちの声が聞こえていた。
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