序章 獅子のさだめ

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 人間はライオンにはなれないのだと、そう知らなかったかつての僕は、ただ純粋に力を求めて、そうなることを願ったのだ。  弱い自分も、ライオンになって、大地を駆け回れるようになったら。  病気がちの自分もいつか、あんな風に強くなって、多くのことをできるようになったら。  友達と遊ぶことも、夢を叶えることも、きっとライオンのようになれれば、望むことができるのだろうと。 「ううん。難しい質問だけど、ね」  その時、そこにいたあの人を、僕は困らせてしまったのだろう。  今にして思い返してみれば、あの時一緒にいてくれた彼女は、苦笑いをしていたような気がする。  いくらか言葉を選ばせたのち、病室に遊びに来ていた歳上の少女は、笑顔を浮かべて、こう答えた。 「あたし達は、人間だよ。だからどうあっても、ライオンと同じには、なることができないかもしれない」  どこまでいこうと、人は人だ。  獲物を食いちぎる鋼の牙も、四足で駆けるための体も、金に煌めく体毛もない。  灼熱の大地を闊歩する、百獣の王者そのものになるのは、到底、叶わない望みだ。 「だけど、なれるよ。天満(てんま)もいつか、ライオンみたいに、強くたくましくなることはできる」  その頃の僕は、そのことに対して、いくらか落胆をしたのだろう。     
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