第一章 運命と出会う(1)

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第一章 運命と出会う(1)

 草木も眠る刻である。  闇は静寂が支配する。日が落ち世界が熱を失い、冷涼な風が吹き抜ける夜は、誰も彼もが寝静まる時だ。  命が眠りにつく時なれば、あるいは夜行性の獣ですらも、密やかに冷酷に獲物を狙う。  故に宵とは、闘争すらも、音を立てずに執り行われる、沈黙の世界であるはずだった。 「――ォオオオッ!」  その、はずだった。  故にその夜のその光景は、自然の枠を容易く破り。  目に見えた異常事態として、月下に地獄を生み出していた。  剣戟が響く。咆哮が轟く。弾ける火花が闇夜を照らす。  怒号渦巻く立ち会いの場は、関東山地のその裾野――木を薙ぎ倒し、大地をめくり、飛び起きた獣が逃げ惑う様は、尋常の決闘ではなかった。  さもあろう。無理もなかろう。  片や冴え渡る剣を構えた、翼持つ白銀色の武者。  片や薙刀を振りかざす、黄金色の大将軍。  人の身、人の戦であれば、ただの時代錯誤であっただろう。  されどもせめぎ合う白と黄金は――身の丈数十メートルに及ぶ、大絡繰の巨人であった。 「ハァッ!」  踏み込む。飛び込む。刃を振るう。  ただ一つきりの所作のために、天が震えて地が蠢いた。寝静まったはずの鳥達が、一斉に喚き散らして羽ばたき飛んだ。  尋常ならざる巨躯の斬撃。なればこそ、打ち合う剣と薙刀の刃音が、尋常であるはずもなく。  音は旋風の刃と変わり、凍れる夜天を千千に切り裂く。逆巻く風は土を巻き上げ、逃れ遅れた熊や鹿へと、容赦なく降り注ぎ生き埋めていた。  人も、獣も及ばない。ただぶつかり合うだけの影が、常軌に生きる生命を、慈悲なく巻き添えにし蹂躙する。  であるならば、その有様は、人界を脅かす魔性か――あるいは、禍つ荒神の写しか。 「せぇやっ!」  裂帛の気合と共に、白銀が飛んだ。  鋼と鍛え上げられた翼が、絹のしなやかさをもって羽ばたき、爆風を撒き散らして飛翔したのだ。  魔物が火を噴く。正確に言えば、備えられた黒鉄の砲が、炸薬を爆ぜさせ弾丸を放つ。  空飛ぶ銀色の巨人が、黄金目掛けて砲弾を放ち、爆煙にてその視界を奪う。  宵より深い暗黒だ。なればこそ、それは絶好の隙だ。素早く背後へと回り、刃を振りかぶった武者は、まさに必殺の刹那を狙った。  誤つことなく、首を落とす。そのタイミングであったはずだ。
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