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「兄様、このままでは……!」
そして彼女は――観測者たる娘は、地を塗り替える焦熱地獄を、白銀の武者の体内から見ていた。
二つ連なった座席の、後部。狼狽える少女はその席に座し、武者を操る自身の兄の、その背中へと声をかけたのだ。
あれはまずい。食らってはいけない。
ここまであまりに多くの傷を、あの巨人から受けすぎていた。なればこそ、見るからの必殺技を、真正面から食らってしまえば、今度こそ敗北してしまうだろう。
いかに千年の伝承に名高き、獅子の名を持つ獣の王――我らが手繰りし守り神と言えど、だ。
「ああ、そうだ。ここまでだ」
無慈悲にすらも、響く声。
彼女が兄と呼んだ男が、はっきりと口にしたその言葉を、一瞬、降参の意と受け取った。
あれをかわすことはできない。故にこそ、戦いはここで終わりだ――そう言ったかのように、思えたのだ。
「!? 兄様!?」
しかし、違った。そうではないのだ。
次の瞬間、少女の視界から、兄の姿が掻き消えていた。
逃げ出したのではない。移ったのだ。
武者そのものの中枢ではなく、その背に負った鋼の翼――白き鳳凰の体内へと。
「聞け、流奈! この場の俺は、確かに負けた! しかしお前の戦いは――我らの使命は終わりはしない!」
「兄様、何を!?」
「『演者』の替わりなどいくらでもきく! しかし『奏者』たるお前は、お前だけはそうはいかん!」
瞬間、轟――と獣が吠えた。
兄をその身へ預けた翼が、武者を離れて猛禽へ変わる。
武者はその身を複雑によじらせ、異形の様へと変質していく。
戦うためのその姿を、放棄する理由はただ一つしかない。
敗走だ。そして白き鳳凰は、その退路のための殿なのだ。
「いけません、兄様! そんなことをしては!」
「行け、流奈! 俺の骸を踏み越え進め! 俺に代わる奏者を見出し――」
怪鳥が叫ぶ。翼が羽ばたく。
日輪に挑むイカロスの翼が、文字通りの決死を込めて飛ぶ。
そして今や白銀を失い、闇に紛れた絡繰の獣は、逃走のためにこそ山肌を蹴った。
一人獣の体内へと、取り残された少女の叫びと、涙とを無情に響かせながら。
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