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石油はおろか石炭すら枯渇した今の時代、火力発電で得られたわずかな電力はどの国にあっても政府施設や軍事拠点に限って使用が許されている。元は敵国の城であったここクリンバッハ城で電力を得るために運び込まれた蒸気機関を、たかが扉の開閉に使うなどむしろエネルギー効率が悪いのではないのか。
とはいえ、この扉の奥で開発されているものの重要性を考えれば文句を言うわけにもいかない。この部屋にいる人物には、この城のあらゆる設備を自由に使用する権限が与えられているのだ。
マルグリットは蒸気の噴出が治まったのを確認すると、扉をくぐり抜けて室内に足を踏み入れた。
そこは廊下の狭さとはうって変わって、四十メートル四方はあろうかという広い部屋だった。レンガの壁を鉄骨で補強した重厚な造りで、なにかの倉庫か格納庫といった感じだ。
床には本や書類、そしてなにかの設計図のような紙があちこちに散乱しているが、入口から奥へと続く直線上にだけ細い道ができている。マルグリットはそのわずかな隙間を歩いて奥へと進み、古ぼけたソファに座った部屋の主に声をかけた。
「フォッカー博士、進捗状況はどうだ」
部屋の中には用途のよく分からない歯車の音や蒸気の噴き出す音が絶えず鳴り響いているが、そんな中でもマルグリットの凛とした声はよく通る。後ろから声をかけられた人物はソファにもたれかかった姿勢のまま、首だけを上に向けて逆さになった訪問者の姿を確認した。
「あらぁ? リヒトホーフェン大尉じゃない」
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