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第二の人生
アリサはカウンターに立ってお客の相手をする。夫もお客さんから注文されたカクテルを作っている。
ここはカラオケ喫茶である。定年退職後に店を開業したのだ。酒が入って気分良くなったお客さんはカラオケに興じている。店を閉めると掃除したり準備したりと余念がない。
時々息子が同僚や妻子を店へ連れてくる。休日になると、アリサのキーボードや夫のギターで新曲を作る。それを息子のバンドが編曲してレパートリーにするのだ。
この親子共同の力で新曲は、地元では誰でも知ってるほど有名になった。それを動画で投稿する者がいて、それがテレビの目に留まった。
取材班はこのカラオケ喫茶へ取材に出かけた。アリサ夫婦はそれに応じた。この店は取材班の連載に載り、お客さんの数が増えた。
ある日、地元の会場で警察音楽隊のコンサートが開催された。この時も取材班が来た。楽長や息子夫婦がインタビューに答える。取材班は、アリサ夫婦が作った新曲を披露するバンドとして注目しているのだ。
すっかり有名になった親子は、お客さんや追いかけの対応に追われるようになった。平凡な人生が一変したが「これも一時だろう。儲かる時に儲けておけ」と夫は冷静に構えた。
曲が溜まったので、それをCDに収録した。アルバムとして出版したアリサ親子は新聞に載った。「どの程度売れるかわからないが、老後の生活費を稼ぐにはいいだろう。どのみち確定申告する事だし」と夫が言った。
ある時、その中の一曲がヒットした。年末に行われる歌番組に出演する事になり、息子のバンドが演奏者として登場した。テレビ映りの関係でシワ・シミ・白髪が目立つアリサの代わりに若い女性シンガーにボーカルをさせた。こうしてアリサの曲は大ヒットして歌謡界に名を刻んだ。
それからが大変だった。収入が増えたので節税対策に追われた。息子夫婦が住む家を購入したり、施設に寄付したり、2号店を開いたり、従業員の数を増やしたりとあの手この手で金を使うようにした。
「歌は浮き沈みが激しいから、店は続けるべきだよ」と夫はアリサに言った。アリサは、夫に従った。「歌は2週間すると飽きられるからいちいち浮かれてはいけないね」と平静を保って、今日もカウンターに立つのである。
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