05:大河内の誕生日 その2

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 メインダイニング「スペリオール」のラストオーダーは午後十時半。閉店は午後十一時。それから片づけだミーティングだ着替えだのごたごたしているとタイムカードを押すのは十二時近くになる。  飲み屋に着く前に誕生日終わってそうだけど……と若山は思ったがそれは言わないでおく。でも、まぁ本人がそう言うなら若山としても断る理由はない。そう考え返事をしようとしたところで、廊下の向こうから歩いてきた深見光彦に声を掛けられた。 「なになに? でんちゃん、随分熱心に秀ちゃんくどいてるじゃん」  大河内はその言葉にはっとして、慌てて手をひっこめた。 「べ、別にくどいてませんって。今日俺、誕生日なんでちょっと飲みに誘っとっただけです」  深見は「スペリオール」の隣に併設されているメインバー「アイラ」に所属している。どうしても人手が足りない時にヘルプとして「スペリオール」に借り出されるのでそれなりに二人とも面識がある。 「まじ? 誕生日なんだぁ、おめでとー。んじゃ俺も仕事あがったら速攻合流するよ」  くりくりとした猫のような大きな瞳で大河内を見上げると、その腕に抱きついた。  若山、大河内より一つ年上だが、女の子と見紛うほどの可憐な顔立ちとその立ち居振る舞いのため年より随分幼く見える。 「あ、えと……」 「何? 俺行ったらメーワク……?」  しまったという感じで眉を顰める大河内に、深見はちょっとムクれたように唇をとがらせて、上目遣いに大河内を覗き込んだ。それは、他人から自分がどう見えるのか十分に理解した上での計算された表情なのだが、まだそれほど世間擦れしていない大河内はまんまと術中にはまり、うろたえてしまった。 「い、いや、そういう訳じゃ……」 「よかった!」  途端に破顔する深見。思わず見惚れてしまうような満面の笑みももちろん計算ずくのものだ。  大河内はそんな笑顔に二の句が継げないでいる。 「終わったら携帯に電話するから場所教えてねー!」  ひらひらと手を振り、スキップしながら去っていく後姿を見つつ、電話かかってきたら「もうお開きになりましたー」とか適当ぶっこいて秀ちんと二人っきりでしっぽりしよう、とか考えを巡らせる黒大河内なのだった。
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