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社員旅行当日。
中央自動車道を東へと移動中の大型観光バスの中。目的地に着く前から車内は大盛り上がり大会で、前の方に座っている総務課の課長がカラオケで兄弟舟なんか唸ったりしている。
元々サービス精神が旺盛で社交的な人間が多い職場なので、一般企業の社員旅行よりもかなりハイテンションな状態になるのも当然なのだが、バスガイドは些か引き気味だ。
「秀ちゃん、ビール飲む?」
若山の隣には当然のように寺田が座っていて先ほどから甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「はい、いただきます」
ビール、おつまみの類も旅行費に含まれているらしく、前の座席から後ろへといろんな物が流れてくるのだ。
「おー、イカ燻」
寺田はそれらの中からいくつか見繕って確保した。
「慶ちゃーん」
斜め後ろの座席に座っていた寺田と同期の女子社員が、ビールに酔ったのか頬を赤く染めながら声を掛けてきた。
「ん? 何?」
「自由時間どうするか、もう決めた?」
「いや、まだだけど」
「よかったらウチらと一緒に富士急ハイランドまわらない?」
宿泊先である河口湖畔の旅館には昼過ぎに到着の予定だが宴会が始まる時刻までは自由行動で、途中の富士急ハイランドや忍野八海などの観光地で希望者はバスを降車できるようになっている。
寺田は特に何も予定を立てていなかったのでその申し出は吝かではなかったが一応、確認のため若山のほうをちらりと見遣った。
「どうする? 秀ちゃん」
その様子をみていた女子が「若山くんも一緒に行こうよ!」とすかさずフォローをいれる。
っつかそっちが本命だろと心の中でつっこむ寺田。
若山は少し困ったような顔で笑い、頷いた。
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