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「放っておくつもりか?」
「ってかもうその手には乗りませんよ。どうせまた俺を騙そうって魂胆でしょ?」
完全無視を決め込んでいたはずが、こんな返答している時点でもう乗っかってしまっていることに本人は気づいていない。
「ま、でんちゃんがそう思いたいならいいけどさ」
軽い口調とは裏腹に、珍しく寺田の眼に怒気が含まれていた。
「勝手にトンビに油揚げさらわれてろ」
はき捨てるように言って寺田は若山のお土産の箱を再び引き寄せると、箱を開け一つを掴みだした。包みを開くとたまご色のかわいらしいスポンジケーキが現れる。大男にはいささか不釣合いのそれを寺田は意に介することなくむしゃむしゃ食べだした。
しばしの沈黙ののち、結局、大河内は自分の中に生まれたもやもやに堪えきれずに口を開いてしまった。
「……誰なんですか? その相手の男って」
寺田は大河内をちらりと横目で見て「山口主任」と、憮然としたまま答える。
「へ? 『アイラ』の? 前からそんな仲良かったでしたっけ」
思いもよらない、知っている人物の名を挙げられ驚きはしたが、山口とは二、三度話しをしたことがある程度でほとんど接点がないのでいまいちピンと来ない。若山にしても同様だとおもうが違うのだろうか。
「さぁ? この前秀ちゃんがアイラにヘルプ行った後からだから、そん時なんかあったのかもな。山口主任、一見柔和で大人しそうなイメージだけど、ああ見えて結構押し強いから。秀ちゃんみたいなタイプはすぐ流されるだろうな」
状況を具体的に説明され、寺田の話が全くの口からでまかせではないとわかったが、大河内は寺田の口調から実際にそんなに深い関係にはなっていないのだということも酌み取った。
「別に付き合ってるってわけじゃないんですよね」
大河内は自分自身に言い聞かせるように言った。仮に若山と山口が一緒にどこかへ遊びに行ったとしても、いきなりそれがイコール「付き合っている」になる訳がない。常識的に考えて、そんな志向の人間ばかりではないのだから。
「っつか、お前行かないなら俺がかっさらってやってもいいんだぞ」
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