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暗い気持ちで悶々と廊下を歩き、トイレのドアを開けると今まさに頭の中をぐちゃぐちゃにしてくれた人物の姿が眼に飛び込んできた。山口はちょうど洗面台の前に立ち、手を洗っているところだ。
大河内に気づくと、山口は目を細めるようににっこり笑って「おつかれ」と言うだけで大河内の横を通り過ぎていく。
「待ってください」
大河内はその笑みに何か含みがあるような気がして思わず引き止めてしまった。
「どうかした?」
山口はトイレから出て行こうとしていた足をとめてふりかえる。そのちょっとした動作でさえ優雅で大河内は少し気後れしてしまった。
「秀ちゃんと、その……、最近仲いいんですか?」
「うん、ドライブとか食事とかいろいろ誘ってるよ。なんか落ち込んでるみたいだから気晴らしにと思って」
「それだけ、ですか?」
寺田の言っていたことがさらりと肯定されただけでも結構ショックなのだが、「ドライブとか」の「とか」の部分が何かひっかかるようで、ジリと怒りに似た感情が湧き上がる。
山口はそんな大河内の表情を見て器用に片方の眉をくいと上げた。
「彼、かわいいよね。ミステリアスで冷たい感じの見た目とのギャップがいい」
何か自分が大切にしているものを土足で踏みにじられたような気がした。
「大河内くんがいらないなら、もらってもいいよね?」
発せられた言葉とは全くそぐわない見事なアルカイックスマイルに、大河内はかっと頭に血が上り、握っていた拳に力が入る。
「……人をモノみたいに言わないでください」
「ツッコむところはそこなんだ?」
くすっと漏らされる優しそうな笑みと落ち着いた声音。その裏に何が隠されているのか大河内には全く見えなくて、ぐっと言葉に詰まった。
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