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寺田は大河内が座っているソファの隣にどかりと座った。窮屈そうなボウタイを取り、襟元のボタンを外す。内ポケットからマルボロを取り出すと、一本を口に咥えて火をつける。ふうっと豪快に吐き出される煙。大河内はその間の一連の動作を見守っていたが、寺田が何かしゃべる気配はない。今まで若山を避けるために休憩室にも寄らなかったのが、今日はここにこうしているのだから何か茶化して言ってきてもよさそうなものなのに。暢気に紫煙をくゆらす寺田に焦れて大河内は自ら問いかけた。
「秀ちゃん、今日シフト入ってますよね?」
時刻はすでに四時を回ろうとしている。休憩を取るにはディナータイムの準備から考えて、もうぎりぎりの時間帯だ。寺田も大河内の言わんとすることを察したようだ。
「あー、最近秀ちゃん『アイラ』のパントリーで休憩取ってるから」
「え」
「あっち、パントリーの隅に事務用の机置いてるじゃん。あそこ煙草も吸えるしさ」
寺田は事も無げに言った。
アイラといえば、もちろんそこには山口がいるはずだ。大河内の顔色がさっと変わる。
「なんで……?」
「今更、それを聞くかよ」
寺田は鼻でふんと笑うと、冷ややかな視線を投げつけた。
隣接するバーといえども、れっきとした別の部署だ。そこにわざわざ乗り込んでいって休憩をとるなんて、あの控え目で大人しい若山からは想像できない。自分の感情をあまり表に出さない若山が、山口には甘えて心を開いているというのか。そんなに山口の傍にいたいのか。大河内の心の中をいろいろな想像や邪推が駆け巡る。
寺田は、すっかり押し黙ってしまった大河内を横目に見ながらただ煙草をふかし続けた。
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