19:遠ざかる背中

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 最寄の駅まで地下鉄に揺られ、そこから自宅へは原付を走らせる。途中、マンションの向かいにあるコンビニでビールと缶チューハイとつまみのスナック菓子を買い込んだ。  家に戻り、まずはシャワーを先に浴びようとコンビニの袋を冷蔵庫につっこむ。ふと、冷蔵庫の中にあるものに気づいた。若山が見舞いにと買ってきてくれたゼリーだ。インフルエンザで寝込んでいた自分を大学の友人が看病してくれた時に、バイト先の男が持ってきてくれたものだと教えてくれた。友人の一人、美咲が「チョーイケメンだった」と興奮気味に話していたので多分そうだろうとは思っていたが、後に寺田の話からやはり若山が来てくれたのだとわかった。一緒にあったスポーツドリンクとレトルトのおかゆはその日のうちに消費してしまったが、これだけは賞味期限にもまだ余裕があるし、なんとなく食べてしまうのがもったいなくてそのままにしている。  しかし、見舞いの品だけを置きすぐに帰ってしまったと聞かされた時は、少し寂しく思った。自分から避けておいて相手からは優しくされたいというのはあまりにも虫がいい話なのだが。  少し距離を置く、と勝手に思っていたけれど若山から見れば自分はもうどうでもいい存在になってしまったのかもしれない。以前は確かに若山の一番近くにいるという実感があったのに。もう、その座は山口にとってかわられたのだろうか。にっこりと笑う顔も、少し照れたように微笑む顔も、困った顔も、きょとんとした顔も。他にもいろいろな表情をみせてくれた。その一つ一つが眩しくて愛しくて、目に焼きついているというのに、もうそれが自分に向けられることはないかもしれない。そう考えて大河内はぞっとした。  自分はとんでもない間違いをおかしてしまったのではないか。 ――何やってんだ、俺。  服を脱ぎ捨てるとバスルームへ向かう。シャワーの蛇口をひねり、まだ湯になる前の冷水を頭から浴びた。
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