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『いつものところで待ってるよ』
ダイヤルキーを操作してそう打ち込むと、メールを送信する。ちゃんと相手に届いたことを確認して、山口はコンソールパネルに取り付けてあるホルダーに携帯を戻した。
暗い車内の中、青白く光るディスプレイのデジタル時計は午後十一時少し前を示している。待ち人が来るまではあと三十分ほどかかるだろう。
ふぅっと溜め息をついて、身体をシートに預け目を閉じた。外の喧騒が嘘のように遠ざかり、低いエンジン音だけが車内を満たしていく。
――これで何度目になるだろうか。
週に二回ある休日はすべて律儀に、忠犬よろしく若山の出迎えを行っている。それがたとえ昼間でも深夜でも。休みの日が合えば、遠出にも連れ出す。欲を言えば毎日だって助手席に若山を乗せて、その存在を間近に感じていたい。だがそれは、勤務時間が若山よりも遅い山口には物理的に無理な話だった。彼を待たせるなんてことはできない。彼に無為な時間を過ごさせるほど図々しくはなれない。分は弁えている。そうやって自分に歯止めをかけなければ、もっとのめり込んでしまう。
あまりに健気過ぎる自分を顧みて、山口は苦笑を漏らした。
――あと何度こうやって迎えに来ることが出来るだろうか。
それを考えると、与えられた機会を一度でも逃してしまうのが嫌だった。
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