第10章「競技場」

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…その翌晩、俺は通夜が終わると自転車に飛び乗った。 そして、競技場の裏に停めるとグランドの方へと駆けていく。 そこには、座席に大量に座る人々… ぼんやりとどこか一点を見つめる亡霊たちがいた。 …そして、その中にふづきの姿があった。 俺は息を切らせながらふづきに近づき… …そして、気がつく。 ふづきも、他の亡霊と同じように、前しか見ていないことに。 俺に気づくこともなく、ただグラウンドの一点しか見ていないことに。 その瞳は大きく虚ろで何かを見ているようで…しかし何も見えていない。 …そのとき、俺のポケットの中のスマホが振動した。 相手は『メンナシ』俺はすぐに電話に出る。 『…わかったよ、はるとくん。  そこに何があったか。何がそこにいるのか。』 『メンナシ』の口調は急いだ様子で、 何か重要なことを言おうとしているのはわかった。 『そう、そこにいるのは…』 そのとき、ぷつりという音がして電話が切れた。 見れば電話は切れており、通話先も非通知に変わっている。 …何も、知るべきではないんだな。 俺はしばらくスマホを見つめ、電源を切るとふづきの隣に座る。 消えてしまう前に、今は亡き友人の隣に座る。 そうして満開の桜が咲き誇る中、何があるのかわからない …しかし確かに何かがある競技場のグラウンドを… 俺とふづきは、ただ群集とともに静かに見つめ続けていた…。
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