30人が本棚に入れています
本棚に追加
…それは、薄透明な布のように見えた。
一枚の長い布。
電柱に引っかかった一メートルにも満たないそれは、
春のゆるやかな風を受け、ゆらゆらと空を泳いでいる。
…なんだ、あれ…。
俺はそれを眺めて自転車をとめる。
見れば、近くの空き地では子供の何人かがそれを拾って遊んでおり、
大人の目に届かないところで、くるまったり、引っぱりあったりしている。
…どっからか、飛んで来てるのかな。
空を見れば、また一枚の布が飛んでいる。
…風向きから考えて、流れてくるのは海沿いの方。
一番近いのは、あの廃工場跡ぐらいかな…。
しかし、あそこには鉄柵がしてあるし、
そんなものが流れて来たら住民からの苦情が来るだろう。
…それとも、これからそういう流れになるのかな?
そんなことを思いつつ、俺は再びペダルに足をおく。
…そうだ、あんまりのんびりしている時間はない。
何しろ俺は大学一年生。これから教授の講義が始まる。
…急いで行かないと、出席が取れない。
そうして俺は自転車を漕ぐ。
開始時間まであと十分を切っていた。
その背中で、子供たちのはしゃぐ声が良く聞こえた…。
最初のコメントを投稿しよう!