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「う、うん」
「……歩ける?」
「うん。大丈夫」
「そっか。良かった」
取っ手を握りしめていた手を取られ、直哉に続いて千花は一歩踏み出す。ちらりと渡辺に視線を向けたが、『必要ない』とばかりに直哉に思い切り手を引かれたため、その姿を確認することはできなかった。先を行く直哉からは、先ほど感じた怒りは収まっているように思えた。少しばかりギャラリー(恐らく社員)の視線が気になったが、顔を少し伏せてやり過ごす。
「直哉君。ありがとう……。ちょっとすっとした」
「ん」
「あの、今日ちょっとやな事あったし、色々考えることもあって……」
「……ん」
「来てくれてありがとう……」
手を引かれ、先行く直哉の背中に千花は纏まらない言葉を投げかける。こういう時、直哉は千花を急かしたりせず、結論が出るまで待っていてくれる。傍から見たら、直哉の返事は冷たいものに思えるかもしれない。けれども、千花は、それもまた直哉の優しさということを知っていた。
「あのね、……直哉君。やっぱり、わたし……直哉君が好き……」
悩み、出した結論は『変わらず好きだ』ということ。
『好き』と口にした千花は、直哉の返事を待つ。きっといつものように、「ん」と、短い返事が返って来ると思っていた。もうそれでもいいとすら思っていた。しかし、それは見事に裏切られた。
「俺も。千花ちゃんが好きだよ」
んん?
……あれ?
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