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「え、いや、そういう訳じゃないんすけど」
「まぁ、あの人、人付き合いとかあんまりしないタイプみたいだしね」
反対側の隣に陣取った可知がやたらと馴れ馴れしく肩や腕に触れてくるが、それは無視してやった。狙いはあくまでも大河内一人だ。
「だって、山崎さんは別に異動になるわけじゃなくて『スペリオール』にいるんでしょ。だったら、別にいいじゃん」
ぷぅと頬をふくらませてわざとむくれてみせる。大河内が自分の行動で挙動不審になるのが見ていて面白くてしかたない。
「あ、えーと、まぁ」
大河内は案の定、さらにしどろもどろになった。
「あんま、いじめんなよ」
寺田は深見の正面に座って先ほどから事の成り行きをにやにやしながら見ていた。優しく釘を刺されて、深見は「はーい」と、しおらしく答えた。
寺田は勘が働く男なので、深見が妙なテンションになっていることに何か感づいているのかもしれない。だけど、無理してはしゃいでいないと、凹んでしまいそうだった。最後に酔ったふりして山崎を誘惑してやってもいい、などと考えていた自分が情けない。
結局、異動当日になっても山崎から深見には何の言葉もなかった。
あの時のことは、山崎にとってはなんでもないことだったのだ――。
ずっと避けていた答えを、深見は受け入れざるを得なかった。常に愛され求められてきた深見にとって、それは屈辱的な事だったが、それ以上に心の奥では怒りとは別の感情が静かに渦巻いているのも感じていた。
(別に、あんなサイテーな男なんてこっちから願い下げだし!)
無理にそう思い込んで心に蓋をしていないと、その訳のわからない感情が頭をもたげてきそうで、怖かった。
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