02

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「おい、ちょっとそこのキミ!」  客へ料理を運び終えパントリーに戻る途中、深見は別のテーブルに着いている客に声を掛けられた。五十代と思われる恰幅のよい男性。上質なスーツに身を包んでいるので、それなりの地位にあるビジネスマンだとわかるが、あまり品はよろしくない感じだ。 「はい、いかがなさいましたか」 「キミは名前は、えーと深見くんか」  胸に付けた名札を覗き込むように顔を近づけられ、アルコール臭い息をまともに浴びてしまった。深見は僅かに眉を顰める。  ここ「スペリオール」は、駅前の一等地に立つシティホテルの洗練されたメインダイニングだ。食事を優雅に楽しむためにそれなりにきちんとした客が多く、こういう困った客が訪れることは滅多にない。深見はどう対応していいかわからず戸惑ったものの、とりあえず愛想笑いを浮かべて「ワイン注げ」という横柄な要望に応えてやった。さらに同席者達にもお酌するよう言われ、突然尻を撫でられたりもしたがぐっと堪えた。  いかにも営業で接待中といった同席の男が「部長、その辺で……」と困り顔でやんわり注意するがそんな言葉に耳を貸そうともしない。逆に、「こっちは高いサービス料払ってるんだぞ、これ位なんだ」などとあまり呂律の回らない口で下卑た笑いを浮かべている。  払ってるったってどうせ相手の会社の交際費だろが、と心の中で毒づきつつも深見は必死で笑みを作りなんとかこの場を切り抜けようとした。 「お客様、申し訳ありませんが……」 「そんなにカワイイ顔して本当に男なのか? どれ、確かめてやろう」  突然、股間に手を伸ばされ深見の心の中でぶちっと何かが切れた。 「ちょっ、何すんだ!!」
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